2007年3月11日日曜日

「湘南乃風」全国ツアーライブ・アンコールでの若旦那の語り全文

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俺は、こんな格好をして、こんな歌を歌って、だから、ちょっと社会からはみ出た感じみたいだけど、俺は俺で一生懸命、社会にふみこもうとして、これでもいるわけなんだけど。なんでそういうことを思っているかと言うと、おれは、ムコ多糖症という難病の子供たちが一生懸命頑張っている姿を映した番組を、おれは日曜日、深夜に見て、すっげえ感動した。思わず、家でテレビを見ながら、涙を流してしまった。まあ、もともと、涙もろい性格なんだけど、なんか、その涙は、いつもの涙とはちょっと違う。なんか、切ない涙。

その番組をみて、俺は、その子たちと一緒に闘いたいと思った。なぜ、そんなふうに思ったかというと、その子たちは、生まれつきムコ多糖症っていう、皆が知らない病気で、簡単に説明すると、ムコ多糖症の子たちには、生まれつき、体の中に無くてはならない酵素っていうのが無いんだ。寿命も、15歳とか16歳とか、平均でいうと、そのくらいで亡くなってしまう。その子たちがもう動かない体なんだけど、動かない体で頑張って厚生労働省へ行って、「僕たちの命を助けてください」って本気で言ってんだ。この子達はすごい難病と闘っているのにさ、俺はそれ見て、バイクにのって、お金もらって、彼女と付き合って、友達と飲みにいって・・・、何をやってんだ俺はって、思ったんだよ。

それで、おれは、何かできないかと思って、雑誌の、ストリート雑誌で「Ollie」っていうのがあるんだけど、そこの編集長と出会って、ストリート雑誌なんだけど、「ムコ多糖症の子を助けたいんだけど、一緒に手伝ってくんねえ」って言ったの。(そうしたら「Ollie」の編集長が)「じゃあ、若旦那、連載出そうよ」って、で、連載を書いてるんだ。それで、「ごーまんかましてよかですか?」っていう連載なんだけど、そこで、俺はムコ多糖症の子たちと一緒に闘おうっていう連載を始めました。

おれの活動はっていうと、金もねえ、医療技術も知識もねえ。だけど俺にはこうして皆の前に立って、マイクを握らせてもらうっていうチャンスがある。その子たちの、ムコ多糖症っていう名前が皆に知れ渡れば、その子たちは助かるかもしれない。なぜなら、その子たちの病気は、患者の数が少なすぎちゃって、キミたちの病気はマイナーだからお金になりません。製薬会社も動きません。アメリカに薬はあるんだけど、日本ではまだ治療薬が認められてなくて、日本の患者たちには薬が届かないんだよ。おかしくねえか!!何か?

患者が少ないからって、お金だなんだかんだ言いやがって。そこで俺は思った。俺の力で、っていうか若い力で、ここに集まったお前らの力で、国を変えてやろうってよ。何をやればいいかは簡単なことで、ムコ多糖症っていう言葉を覚えればいいだけで、ここに集まった3000人がムコ多糖症を覚えて帰ってくれれば、それだけで一つの山を動かすって事を、動くってことを、俺は大人たちに、くそったれの大人たちに見してやりてえ。

分かる?お前ら、家に帰ったら、「ムコネット」っていうホームページを見てくれ。苦しい中、すっげえ明るくホームページ・ブログをやってんだ。それ見て、何かを感じ取ってくれ。そして、今まで知らなかった、ムコ多糖症の子たちと一緒に肩組んで、湘南乃風と一緒に歩んでいこうぜ。
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自分達だけで何かをやろうとすることは大変なこと。若旦那、大したもんだ。
「24時間テレビ」のように大勢でやるうさんくさい活動とは比較にならんね。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/geinou/200703/graph/09_3/4.html